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2006年11月27日(月曜日)

木こり

カテゴリー: - mitsuru @ 22時27分05秒

 今年の緑の少年団の活動は、林業体験がとても多かった。特に9月30日の「国民の森作り運動」や10月15日の「ライオンズの森」での作業は、除伐などの作業があり、子供たちが一生懸命に手ノコで木を切っている姿には、関心させられたものでした。 :eek:

 で、自分自身もこれらの体験を踏まえて、「チェーンソーの免許を取っておいても悪くはないな!」 :idea:と、突然思い立ち免許取得のために行って来ました。!
免許の取得には、8時間の学科教育と、8時間の実技教育を受けることになります。

学科教育

伐木作業に関する知識:3h
チェーンソーに関する知識:2h
振動障害及びその予防に関する知識:2h
関係法令:1h

実技教育

伐木の方法:4h
チェーンソーの操作:2h
チェーンソーの点検及び操作:2h

この内容を今回、11月22日・24日・27日の3日間で学ぶこととなりました。

 学科教育では当然ながら、様々な予備知識を身につけていくのですが、いろんな話を聞いているうちに、伐採作業の危険さが身にしみてきて、少しチェーンソーを扱うことにビビッてきます。 8-O林業の中でも、伐採作業の事故は抜きん出ているようですから・・・・

でもって、いよいよ今日は実際に伐採となったわけです。

 ご存知の方もいるかとは思いますが、上図のように伐採していきます。細かい説明をすると長くなってしまいますので、簡単に!
まず、伐倒方向に伐根直径の1/4程度の「受け口」を作ります。この作業に失敗するととんでもない方向へ倒れたりするらしいです。次に反対方向から「追い口」を切り込んでいきますが、その際に、伐根直径の1/10程度の「つる」と呼ばれる部分を残すように切り込みます。出来上がった追い口に「くさび」を打ち込み伐倒するといった具合です。要は、チェーンソーで切ってしまわないということです。

 「つる」は木が倒れるときに切断されます。曲がりながら折れるときの抵抗と蝶つがいの働きを利用して、伐倒方向を確実にし、倒れる速度を調整するという働きをします。

 で、自分もチェーンソーで切ってきました!最初は「ブーン、ド・ド・ド・ド」という、エンジンの音に腰が引ける思いをしましたが、徐々に慣れてくるものです。それでも、初めて自分で触るチェーンソー・・・・
 一本、倒してみて気づいたのが、「よほど手に力が入ってたんだな!」と実感させられました。チェーンソーを放すと、手の平の筋肉が痛いのです。それだけ、がっしりとチェーンソーを握っていたのです。

小田桐講師曰く
「チェーンソーマンは、プロになっても一人前にはなれない!」

これは、立木はどれ一つとして条件が同じものはなく、チェーンソーで収入を得ても、毎日が勉強だということを形容してます。実際、現場で伐採してみて納得した気分です。

 ということで怪我もなく終わり、めでたく有資格者です!とは言っても、チェーンソーも慣れるまで、多少怖いものがありますが :mrgreen:


2006年11月18日(土曜日)

大きな山

カテゴリー: - mitsuru @ 19時27分26秒

 「大きな山」というタイトルで、何を想像しましたか?八甲田連峰?岩木山?それとも日本一の標高を誇る富士山でしょうか?

 昭和58年にヒノキアスナロ緑の少年団が発足するにあたり、ある一人の男性を抜きに語ることは出来ません。ご存知の方もいると思いますが、その方は「大山二郎」さんです。現在の少年団員も、高学年の団員は記憶にあるのではないでしょうか?その大山さんについて、少し話したいと思います。

 大山さんは少年団発足当時、青森営林署に勤務する傍ら、少年団の育成会事務局長として緑の少年団員の育成と、緑化啓蒙に力を注いだ人でした。
 その思いと行動は、平成16年に育成会副会長として70歳で亡くなられる直前まで、続いたと思っています。このことは、当時の東奥日報の社会面で大山さんの訃報を伝える記事で、大きく取り上げられています。

「自分はガンには勝てなかったが、緑の少年団のことは決して忘れない。子どもたちみんな。バイバイだよ。」

と言って、最後に息をひきとったということをを奥様が話し、記事として書かれています。

沖館市民センターで取り行われた通夜で、その時の団員、藤田恵さんが読んだ「お別れの言葉」を以下に紹介したいと思います。

 大山さん聞こえていますか。

 大山さんを失った哀しみが ここに参列している人々の胸をしめつけています。 

昭和五十六年に大山さんが ヒノキアスナロ緑の少年団の基礎をつくり 五十八年に発足してから二十年間 多くの先輩や私たちを指導してくださいました。

目を閉じると 春にはメガホンを持って行きかう人々に 緑の募金を呼びかける姿や植樹祭ではクワを持って穴を掘り 一本一本苗木の植え方を優しく教えて下さったことを思いだされます。夏の宿泊研修では キャンプファイヤーの薪を組み 赤々と燃える炎を囲み団員みんなと 大きな声で歌やゲームを楽しみましたね。ブナ林の調査八甲田山のパトロール 冬の宿泊研修では歩くスキーで樹の芽の観察など たくさんの活動に心をくばり いつも私達の安全を第一に考え 笑顔で指導いただいたことが 今でも目に浮かびます。

 入院したことを聞き 団員のみんなとお見舞いに伺った時には 大変お元気そうに緑の大切さ きれいなおいしい青森の水道水を守るため また 美しい環境の町づくりの大切さを話していただき 団員と白神山地にもう一度行ってブナ林について勉強しようと 約束したことが思い出され 私が今日この様なお話をすることが とても信じられません。

 元気な姿でまた 私たちに指導してくれることを信じていましたが ご家族の手厚い看護もむなしく 帰らぬ人となられました。

 昨年 雲谷の「青年の家」で行われた冬の宿泊研修では 「僕は死ぬまで緑の少年団活動を続けます。この美しい自然を皆で守り 次の世代に残して行きたい。君たちもよく勉強して一緒に活動して欲しい。」と話していたことが 私たち団員の心の中に焼き付いています。

 大山さんの教えてくれたことを私たち団員が引継ぎ 大山さんと活動した日々を忘れることなく これからも自然を愛し 美しい環境を守るための活動を続けて行くことを お誓いしてお別れしたいと思います。

 大山さん安らかにお眠り下さい。さようなら:::

            平成十六年二月二十二日

              ヒノキアスナロ緑の少年団

              代  表  藤 田  恵

 

 

 私自信も少年団のOBということで、当時から大変お世話になり、少年団のOBとなってからも、個人的にお付き合いをしてきました。そして、現在事務局としてヒノキアスナロ緑の少年団に在籍するに当たり、大きな影響を与えているのです。それは、まるで「大きな山」なのです・・・


2006年11月3日(金曜日)

中野もみじ山

カテゴリー: - mitsuru @ 21時53分14秒

 今日は黒石市中野もみじ山に行ってきました。最近ではローカルニュースでも県内の紅葉の状態も伝えられているので、狙っている紅葉の名所へも足を運びやすくなってきました。 :eek:
 ということもあり、3連休の初日ということもあって、車を走らせました。

 もみじ山は、さすがに人で混みあっていましたが、時間的に遅く出発したせいか、比較的容易に駐車場に車を止めることも出来ました。早い時間帯はきっと大渋滞だったでしょう・・・ 8-O
カップルや観光客、韓国の人までも大型バスで訪れていました。

 実は到着してすぐの感想は「ちょっと、時期的に遅かったなぁ・・・」でした。それでも、充分見応え充分なのですが。さすが中野もみじ山 :!:自分の中じゃ、「こんなもみじの紅葉は、京都にでも行かなきゃ見れないよなぁ」ですから。奥入瀬渓流や八甲田スカイライン、白神山地。県内にも各地に紅葉の見所は多くありますが、紅葉と言ったらやっぱりです。これほどまでに赤が強調されている紅葉は、県内でも他にないのではないでしょうか?

 もみじ山の参道を歩き、境内まで足を運ぶと樹齢500年と600年の大杉もあります。もみじだけではなく、こちらも見応え充分です。時期的にはもみじの影に埋もれてしまいますが・・・

 もみじ山の帰り際、ライトアップが始まりました。まだ空は太陽の面影を薄く残す状態でしたが、辺りが真っ暗になる頃には、また違う表情を見せるのでしょう。
 来年にでもまた、夜のもみじ山を見に来たいものです :-D

 今日の投稿は写真ばかりで、あまり内容がないですね・・・でも、紅葉については説明よりも写真で見てもらったほうが、分かりやすいのかもしれませんね!

 あ、前回の投稿にコメントが入ってましたね :-D ありがとうございます。


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